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胎内めぐりを目指して鎌倉大仏の境内散策!<2022年4月鎌倉ミニ旅行>

75歳の母が、小学校の遠足で鎌倉大仏の中に入った(「胎内めぐり」というらしい)ので、もう1度観てみたい!というのでやってきた、高徳院の鎌倉大仏。

ということで、鎌倉大仏の胎内めぐりを目指して高徳院の中へ。

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仁王門を抜けてチケットを購入

仁王門を抜けると券売所。チケットを購入して境内へ向かいます。

まず、すぐ目の前に手水舎(てみずや・てみずしゃ)。

参拝する前に手や口を清める場所ですが、新型コロナの影響で手水を手水舎の利用が中止になってました(^_^;)

手水舎を抜けると、目の前に長谷の大仏が見えてくる!

天気が良くて、大仏が右側にある桜と重なってとすごく良い絵になるんだけどーちょっと残念でした。

それでも、大仏の存在感はすごい。その高さ約11.39メートル。

なんとも穏やかな表情を浮かべて鎮座まします大仏。

こうやって全体を見ていると、大仏が長年野ざらしにされてきた痕跡を感じますよね。

この鎌倉の大仏も建立当時は、奈良の大仏と同様、大仏を納めるための建物「大仏殿」の中にあったそうです。

ところが、鎌倉時代・室町時代の台風、地震、津波によって大仏殿が倒壊し、その後再建されないまま・・・ということが、2000年〜2001年の発掘調査で明らかになったとか。

何で大仏殿を再建しないんだろう?ってかなり素朴な疑問。

室町時代に倒壊したとすれば、そのあと戦国時代に突入したため、政治的な理由も絡んでたのでしょうか。

いずれにせよ、室町時代1300年代から野ざらしになった大仏は、江戸時代中期に修復されて現在にまで至ってるとのこと。

大仏胎内めぐりの夢は実現せず・・・

75歳の母が60年以上のを時を経て、大仏の中へ入る=「胎内めぐり」をしたいということでやってきたんですが、残念ながら「胎内めぐり」はできませんでした。

いざ、大仏の胎内へ!!!と思ったら・・・新型コロナの影響で手水舎に続いて胎内めぐりも中止だった!!

ちなみに、胎内めぐりをすると大仏の背中にある窓から外を見ることができる。

この大仏の背中にある窓が開くと羽に見えることから、「天使の羽」と呼ばれてるらしい(笑)

与謝野晶子の歌碑から観月堂へ

大仏をぐるっと一周見て回ってから、大仏の裏側にある与謝野晶子の歌碑へ。

かまくらやみほとけなれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな

鎌倉大仏は「釈迦牟尼」ではなく「阿弥陀如来」なので、なんで「釈迦牟尼」にしたのか?

阿弥陀如来のほうが歌の形に当てはめやすかったのかなぁ(笑)

与謝野晶子の歌碑の横には、観月堂。天気が良ければ、もうちょっと桜が映えたかも。

知らなかった!日本を救ったスリランカ人の顕彰碑

観月堂から一周して大仏へ戻ろうとしたら、ジャヤワルダナというスリランカ大統領の顕彰碑がありました。

なぜ、スリランカ??と思ったら、このジャヤワルダナさんは日本にとって救世主とも言える人でした。

この顕彰碑に彫られているジャヤワルダナ氏の言葉。

人はただ愛によってのみ
憎しみを越えられる
人は憎しみによっては
憎しみを越えられない

第二次世界大戦後のサンフランシスコ講和条約において、日本を戦犯国として糾弾する国が多い中、ブッダの言葉を引用して、対日賠償請求を放棄する演説を行ってくれたそうです。

ジャヤワルダナ氏の演説がなければ、日本は戦犯国として戦勝国による分割統治を受けることになったのではないか、とも。

まさに日本にとっては恩人!!初めて知ったけど、ありがとうと言いたい!

ちなみに、ジャヤワルダナ氏の顕彰碑は、鎌倉・高徳院の他に、雲龍寺(八王子)と善光寺(長野)にもあるそうです。

一周して、大仏さまを拝んで

ちょっと大仏よりもジャヤワルダナ氏について熱く語ってしまいましたが(笑)、そんなこんなで一周して再び大仏の前へ。

最後にもう1度大仏を拝ませていただきました。

来年には大仏の胎内めぐりも復活してるだろうから、また来年来るかな~と思いつつ。

高徳院を後にして、長谷駅へ戻ることにしました。

☆彡2022年4月鎌倉ミニ旅行記

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